人生最初のヒーローは犬でした(ジャック・ロンドン「白い牙」)

誰しも自分にとってのヒーローってのがいると思う。
漫画や特撮の登場人物だったり、スポーツ選手とか、歴史上の人物とか。
わしの場合、共感できる、参考になるような人生最初のヒーローは犬だった。

子供の頃からわしは自分にがっかりしていた。
何をやってもうまくできない。人とうまくやっていけない。
世間で目指すべき人物像は自分とは違う種類の生き物だった。
明るく、皆と協力して正義を成す、意志の強い人物。
そんなんわしにはでけへん…。

そんな7歳の頃に「白い牙」を読んだ。
血の四分の三が狼という狼犬ホワイトファングが、自身に降りかかる様々な困難を
強さと頭の良さで乗り越えていく、というアラスカ版大河ドラマみたいな小説。
でもわしが強烈に魅入られたのは主人公ではなく、後半の一場面だけ出てくる脇役のブルドッグ、チェロキーだった。

悪徳興行師に買われたホワイトファングは、違法賭博の闘犬に使われる。
大きくて強いホワイトファングは連戦連勝。たちまち人気になる。
そんなある日、対戦相手として現れたのがチェロキーである。

賭けは最初からホワイトファングに偏る。
連戦連勝のホワイトファングと比べて、チェロキーは背が低く、動きものろい。
案の定試合展開は一方的になる。
大きく、力が強く、スピードで圧倒的に勝るホワイトファングは、パッと飛びついて攻撃し素早く離脱、を手返し早く繰り返す。
見る見るうちに傷だらけになり血塗れになっていくチェロキー。
しかし鳴き声も上げず、表情も変えず、遅い足取りでトテトテとホワイトファングの後を追っていく。
スピードが違いすぎて追いつかないのだが。

そんな一方的な攻撃が何十回も繰り返された時、ほんの一瞬ホワイトファングがバランスを崩す。
動きの止まったその一瞬を見逃さず、血だるまのチェロキーが頸動脈めがけて噛みつく。
しかし背が低すぎて首の付け根あたりにしか届かず、そこに浅く噛みついてぶら下がる形に。
ホワイトファングはチェロキーをめったやたらに振り回し、前足で搔きむしる。
更にズタボロになっていくチェロキーだが、喉元にかみついた頑丈な顎だけは緩めない。
何分間も振り回された後、息切れしたホワイトファングの動きが一瞬止まる。

その一瞬の間に、チェロキーはほんの少し頸動脈に近い部分にジリッと嚙み進める。
また振り回され引っ搔きまくられ、もう血染めの雑巾の様になっていくチェロキー。
でも顎だけは緩めない。
そして動きが止まると、また少し頸動脈の近くへ。
この展開の繰り返しが延々と続く。

…ようやく観客も気づき始める。
圧倒的に大ダメージを負っているのはチェロキーだ。ボロボロもいいところである。
しかし追い詰められているのはホワイトファングだ。展開を変えることができない。
このままいけばとどめを刺されるのは時間の問題だ。

このチェロキーに7歳のわしはしびれた。
普通はおそらく「主人公の前に立ちはだかる不気味な敵役」なのだろうが、
わしの目には
「能力が劣っていても勝つ方法はある」
「頭を使え」
「出来ることの中から有効な手段を選び、為すべきことをやれ」
「諦めるな、活路を拓け」
とボロボロのブルドッグが言っているように思えた。
行け、チェロキー。もうすぐだ、もうすぐ勝てる…。

でも7歳の時に影響を受けたはずの中年のわしは、未だに実践出来ていない。
貧しくて、独りで、人に話せるほどのことなど何も無い。
うつむいた7歳児と傷だらけのブルドッグが並んでこっちを見ている。
「何をしとるんや」
「言い訳とか要らん。やったらええんや」
そやな。
とりあえず腕立て伏せからやろか。

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